こんにちは、齋藤です。

体罰。いつも話題になっていますよね。

親が子どもに、教師が生徒に、上司が部下に。

では、体罰は本当に必要なのでしょうか。

 

ここでは、体罰は暴行あるいは傷害罪だから駄目であるとか、

言っても聞かない奴はやっぱりいるんだよ、とか

ウチの業界じゃ手出すのなんか日常茶飯事だから、とか

そのような観点は持ち出しません。

あくまで行動分析学的観点から論じたいと思います。

 

体罰の持つ意味

体罰の是非について論じる前に、体罰の持つ意味を行動分析学的に確認しておきたいと思います。

体罰は、問題行動に対して身体的苦痛を与えることでその行動を抑制させようとする行為です。

行動分析学には、行動の結果に嫌なもの、嫌悪刺激が生じると、その行動は将来起きにくくなるという原理があります。

嫌子出現の弱化と呼ばれるものです。

嫌子とは行動分析学用語で、結果として行動を減らす、嫌なもの、デメリットのことです。

なので、体罰は行動の後に苦痛という嫌子を与えることでその行動を減らす手続と言うことができそうです。

 

体罰は用いるべきではない

さて、ここからが本題です。

行動分析学的に体罰は必要かどうか

見出しに答えを書いてしまっていますが、体罰は用いるべきではありません。

これは私個人というより、行動分析学という学問全体の総意です。

日本行動分析学会も「体罰」に反対する声明を出しています。

なぜなら、体罰にはあまりにもデメリットが多いからです。

具体的に体罰によるデメリットは何なのか、先の声明およびミルテンバーガー著「行動変容法入門」を参考に挙げていきたいと思います。

 

1.体罰は習慣化する

行動の原理の1つに強化の原理があります。

これは行動の結果にメリットがあるとその行動は将来も起きやすくなるというものです。

つまり習慣化しやすくなります。

ネットを開けば様々な情報が得られ、タバコを吸えばスッキリします。

これらの行動は即時的にメリットが与えられるので、習慣化します。

 

同じように体罰は問題行動を抑制できるメリットによって習慣化するのです。

 

 

加えて、同じ結果を持つ複数の行動がある時、より効果が大きく手っ取り早い行動の方が、他の行動より優先される傾向があります。

体罰は強力な効果を持ちうることは容易に想像が付くと思います。

なので、同じ効果を持ちうる他の行動、例えば口頭注意などより優先される可能性が高いのです。

 

しかも、強化された行動は他の様々な場面に転化される可能性を持っています。

行動般化(こうどうはんか)と呼ばれる現象です。

なので、体罰が習慣化した人は、日常的に言葉より先に手が出る人になってしまう可能性があります。

こうなってしまうと、当人の社会的信用の低下にまでつながりかねないのです。

 

体罰を受けると良い行動までなくなってしまう

本来指導とは、良い行動を伸ばして悪い行動を減らすのが目的てす。

体罰も本質的には悪い行動を減らすのが狙いとなります。なっているはずです。

 

しかし、例えばミスの報告をした部下に体罰をするとどうなるでしょう。

報告するという行動自体が弱化される可能性があります。

本来、報告は良いものにしろ悪いものにしろしっかりなされるべきです。

しかし、報告の直後に嫌子が出現するため、報告という本来強化されるべき行動までもが弱化されてしまうのです。

報連相の不足は組織にとって不利益しかもたらしません。

組織に資するべき部下の指導が、結果として組織の運営に支障を与え得ることになるのです。

 

体罰を受けるととその人を避けるようになる

人は嫌子(嫌なもの)を回避しようとします。

行動分析学的には、回避行動と呼ばれる行動です。

嫌子を避けられるというメリットによって回避行動は強化されやすくなります。

 

よって体罰をする相手から逃げるような行動が強化されてしまうのです。

当人は愛のある指導だと思っていても、その行動はかえって相手との距離を広げることになります。

これでは愛ある指導を続けることはできないでしょう。

 

体罰を受けるととその人を攻撃するようになる

特に子どもに多いのですが、嫌子を提示されるとそれを遠ざけるために攻撃行動が喚起される可能性があります。逃避行動や回避行動の一種です。

 

これは、騒いだり、暴言を吐いたり、暴力を振るったり、下手すれば周囲にも悪影響を与えかねないものです。

このような攻撃行動は、攻撃によって嫌なものを遠ざけようとする生存本能に基づくものです。

ある実験では、サルに軽い電気ショックを与えると側にいるサルを攻撃するという反応が見られたそうです。

暴力とは言わずとも、カチンときて悪口を言い返すなんていうのは大人でも日常茶飯事ですよね。

行動を改善させるための体罰が、暴力・暴言という不適切な行動を引き起こす可能性を高めるのです。

まさに本末転倒と言えるでしょう。

 

体罰はエスカレートする

人は、同じ刺激を受け続けると、その刺激に慣れることがあります。

馴化(じゅんか)と呼ばれる現象です。

なので、体罰を受け続けると、その刺激に慣れてしまい行動が改善しなくなる可能性があります。

あるいは元から体罰程度では動じない人もいるでしょう。

 

体罰に慣れた人や体罰が嫌子にならない人が相手になると、体罰を習慣にしていた人はどのような行動を取るでしょうか。

 

行動原理としては、今まで行動が改善されることで強化されていた体罰という行動が、今までと同じ好ましい結果を生じなくなります。つまり、強化されなくなるのです。

強化されなくなった行動はしだいに減っていきます。消去と呼ばれる行動原理です。

しかし、行動は消去される前にエスカレートします。

これは消去バーストと呼ばれる現象です。

反応しない自販機に何度もコインを入れたり、反応しないリモコンを強く押したりしたことはありませんか?このような反応が消去バーストです。

 

このようなことが体罰にも起こりえます。

つまり、体罰がエスカレートする可能性があるのです。

 

普段は頬を叩く程度だったのが、拳で殴ったり道具で叩いたりする、このような現象が起こり得ます。

それがどれだけ危険なことかは言わずもがなでしょう。

 

体罰を受けた人は、自分も体罰をするようになる

当然ですが、人は学習能力の高い生き物です。特に幼少期は何が適切な行動で不適切な行動かを周りの人間を観察して学びます

なので、体罰を受けたり体罰を観察する機会が多いと「それが適切な行動なんだ」と学習する可能性があるのです。

そして、自分が人を管理・教育・指導する立場になった時、体罰を指導の第一手段として行使するようになるのです。

それがもたらす不利益は、今まで説明した通りです。

口より先に手が出て、暴力を暴力で返し、良好な人間関係が築けなくなる人になってしまうかもしれません。

 

弱化の原理を使うべきたった1つのシチュエーション

このように、体罰がもたらすものはメリットよりデメリットの方が大きいのが実際です。

 

それでも、弱化を使うべきシチュエーションはわずかですがあります。

それはそのままにしておくと当事者や周囲に危害が及ぶ行動に対してです。

たとえば、嘔吐癖があって吐しゃ物で窒息する危険性がある子どもに対して、吐こうとした時に口にレモン汁を垂らすことで吐く行動を弱化させたというケースがあります。

レモン汁の酸っぱい味が嫌子となって吐く行動を弱化させたわけです。

 

あるいは街中で暴れ回るような人は、暴力的な手段を使ってでも拘束する必要があるでしょう。そのままにしておくと、周囲に危害を加える可能性があるからです。

 

ですが、強力な弱化の原理を用いる必要があるのは、まさに上記のような緊急事態という状況ぐらいなのです。

 

まとめ

この記事で説明した体罰を用いるべきではない理由は以下の通りです。

 

・体罰は強力な手段のため、一度行うと習慣化しやすい。

・体罰は良い行動まで減らしてしまう可能性がある。

・体罰を受けると、その人を避けるようになる。

・体罰を受けると、その人を攻撃する可能性がある。

・体罰はエスカレートする。

・体罰を受けると、自分も体罰をするようになる。

 

これらのデメリットを受け入れてまで行う必要があると判断した時、体罰は必要となるかもしれません。

しかし、それほどの状況がどれだけあるでしょうか。

 

あなたは、どう思いますか?


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習慣マネジメンター。「習慣は最も無理なく行動をコントロールして成果をもたらすアプローチである」を信条に活動。日本行動分析学会会員。
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